2008年11月14日

【主張】不況からの脱却を考える

好況か不況か・・・どうでしょうか?

今、私の目の前に写っている社会の光景は不況である。
もしかしたら、セレブの目の前に写っている光景は好況なのかもしれない。

あなたの目の前に写っている光景は、どう見えるでしょうか?

いいか悪いかは、実はものの考え方もあるのかもしれない。

たとえば、1億円持っている人が思う心境は、

『日本人が貰う平均的な給料は生涯3億らしい。だから足りない』
などと思うのか、はたまた、
『1億もあるから何でも買える。幸せだ』
と思うのか。

ただし、はっきりいうと、どういう状況であっても、不況から脱却するための切り札のひとつは、学習である。(どんなに時代が変わろうともだ)
後は、体力。精神力。

さらにいうと、今の世の中、誰かが勉強せず誰かが勉強していればいいのか・・・というと、そういうわけでもない。

たとえば、パソコンの普及によって、事務員が求められる能力は格段に広がっていっている。単にパソコンの処理だけ早ければよい・・・というだけでなく、セキュリティを守れるかどうかとか、マシントラブルをどうするか、その大量に作成した文章のチェックをどうするか、手書き文章は・・・、マナーはどうか、などといったことから、場合によっては、営業、販売、接客、お茶くみ、運搬、商品知識・・・。はっきりいってマルチメディアな能力が求められる。

で、室内業務が多ければ、体力、精神力は明らかに消耗する。

最後は、病気、場合によっては過労死である。

中には、お茶くみのみとか、単純な事務のみとかで多額の報酬を得ている人もおられることであろう。

が、

勝ち組と負け組があるのを皆さんご存知のように、仕事もいろいろである。

しかし、はっきりいえば、子供のころから、勝ち組か負け組かなんて決めるのは悲惨な気がする。
だったら、最初から、負け組でも精神的・肉体的になるべく負けないように生きていけるような人づくりが必要なのではないだろうか?

新聞の社員が言っていた言葉(主旨)がある。

「今までは、この国は、たくさんの壁によって守られてきた。でも、これからはボーダレスの時代だ。人の壁、地域の壁、国の壁がなくなっていく」

・外国語の教育
・国語の教育
・理系の知識
・文型の知識
・基礎体力
・精神力

これらのものを「個」でしっかりと鍛え、「集団」の中にも溶け込むような教育が全般的に必要になっている時代ではないか。

今までの教育は「個」の教育か「集団」の教育かに2分割されていた。しかし、「個」の教育は、集団によって殲滅されるだろうし、「集団」の教育は、個を埋没させ平均的な人しかいなくさせ、人の色が消えて全体が最終的に弱くさせる。

どちらかの時代が終焉し、これからはどちらも必要な時代を日本は目指すべきなのかもしれない。

たとえ、日本が発展途上国に逆戻りをし、一握りの権力者と多くの貧困者に別れたとしても、「個」を守りつつ集団としての意識を持つ思想があれば、人も地域も再生できると考える。
そこには、昔への回帰という考え方でなく、新しい社会へ向かうステップになるのではないか・・・という気がするのだ。

そういう社会を目指すことができるか?それは、人次第である。
posted by 治空仙人 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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