2009年11月11日

子どもに自由な学習権の保障を!

 子どもには自由な学習権の保障が必要である。
 ただし、他人に迷惑をかけないように、ではあるが。

 子どもは勉強しなくてはならない。
 例えば、何もない状態で暗算が出来るか?といわれると、やれない子は多くいるはずだ。

 また、いじめの問題などの学習する環境の問題も日増しに悪化している気がする。

 それは、地域社会の問題であり、大人の問題であり、そして子どもの問題である。

 日本が不景気になり、没落していったときに、それを救うのは何か?体力と学習した知恵である。よく言われるところの基礎学力もそのうちのひとつである。

 ところが、何を勘違いしているのか、漢字や算数、文章作成などの基礎学力をおろそかにしているのが多い。これは、国力の問題ではなく、自分自身の問題だと気づいていない人が多いのだ。

 しかも、貧困者層の家族は再び貧困者になるという、勝手な法則を作り上げていたり、裕福な家庭の失敗が貧困者の救済につながるという誤った考えが横行している。その結果、日本や自分自身をより貧困にしているということに気づいていない。

 携帯をさわったりゲームなどを行ったりするのはかまわない。しかし、勉強をし、勉強をする環境を公平に整えさせなければ、いつかは自らも不幸になる、ということを考えた方がいい。

 今日本はそういう時期に来ているのだ。

 ホームレス対策や生活保護者への対策にしても金銭問題や人の輪は大切であるが、それと同時に、教育や訓練は必要である。漢字が書けるか?パソコンが使えるか?それらが収入内で学べるか?ということは、大切なことだ。そして、生存権を確保するために犯罪行為に利用しない、とか、犯罪をしなければ生存権を確保できない、というような状況を生み出させない行動が必要である。

 現在生活保護世帯は150万人である。

 しかし、ホームレスや生活保護世帯以下の低所得者層も含めたら大変な数に上るだろう。

 民主党政権は『高校無償化』を打ち出している。本来であれば、高校義務化が正しいと私は思うのだが(高い授業料を払える人は一流の私学に行っても罰は当たらないし、そこで奨学金という手もあるので)昔日本がしなければならなかった事をやっと実現した、と私は思う。

 ただ、どうせやるなら、大人で高校に行っていない人にも学ばせるようにすべきである。夜間学級や通信制を無償化して子どもとともに学力向上を推進すべきではないだろうか。
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2009年11月10日

篠山紀信は常識人か?

Yahooニュースに篠山紀信氏が路上で全裸撮影をしたとして、警察から捜索を受けたという報道がある。

路上・公園で全裸撮影、篠山紀信事務所を捜索
11月10日12時26分配信 読売新聞

『今年1月に発売された写真家の篠山紀信さん(68)の写真集を巡り、公衆の場でヌード撮影が行われた疑いがあるとして、警視庁は10日、東京都港区内の篠山さんの事務所など3か所を公然わいせつ容疑で捜索した。
 撮影場所となった結婚式場などは「イメージダウンになる」「撮影許可は出していない」としており、同庁は今後、撮影の経緯などについて関係者から事情を聞く。』

 今まで芸術家というのは、変わった人、物事を180度ひっくり返して見る人のことを言うものだと、私は信じていた。ある意味異常な視点がその芸風の斬新さを生み出していた。

 ところが、最近、こういうニュースを見ても、『篠山紀信って、実は常識人じゃん!』なんて思う人は多くないだろうか?

 例えば新幹線で公然と性犯罪が起きた、そして、それを無関心でいられる大衆、そういうのを考えると、篠山紀信はただの子供で、案外良識的で常識人・・・そう思ってしまわないだろうか。

 実は、そういう感覚は困ってしまうのだ。でも、そう思わせるかどうかは、まわりの人々しだいなんだ、と思う。

 きれいごと?いえ、シンプルでスマートな考え方になってしまっただけです。

 でも、路上でヌード撮影、篠山紀信じゃなかったら通報されなかった?

 少し考えてみてください。
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2009年11月05日

【酒井法子報道から考える】マッカーシズム、文化大革命的行動に注意を!

 最近、やっと女優の酒井法子の麻薬事件に対する報道が終わったように見える。
 しかし、酒井法子という人物は、果たして、40日以上もマスコミで延々と報じられるほどの大罪を犯したというのであろうか?

 ひとつは、中国などアジアの人たちの関心もあったと思われるし、政治のネガティブ報道を防ぎたいのでは?というような話も聞かれた。しかし、はっきり言えば、あれは過剰報道ではなかったか、と思えるのである。

 また、インターネットでは、よくブログ炎上が言われている。犯罪に対する書き込みへの炎上ならまだしも、考え方、思想に対するものも対象となっている。それを見ると、どうも最近、マッカーシズムや文化大革命を思い出してしまう。 

マッカーシズム(Wikiより)
『マッカーシズム (McCarthyism) とは、1950年2月にアメリカ合衆国上院で、共和党議員のジョセフ・レイモンド・マッカーシーが、現在では「205人の共産主義者が国務省職員として勤務している」と告発したと伝えられる演説をした(正確な演説記録は無く、諸説ある)ことを契機に、ハリウッド映画界などをも巻き込んで大規模な「赤狩り」に発展した事件。後にはニューディーラーまで対象となった。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0

文化大革命(Wikiより)
『文化大革命(ぶんかだいかくめい、無産階級文化大革命、プロレタリア文化大革命ともいう)は、中華人民共和国で1960年代後半から1970年代前半まで続いた、封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しようという運動。実態は毛沢東らが引き起こした権力闘争である。大躍進政策の大失敗により国家主席を辞任して以降、共産党指導部内での共産主義が修正主義へと後退したと危機感を深めた毛沢東が、国家の路線と権力を再び自らに取り戻すために仕掛けた大規模な権力奪還闘争としてとらえられることが多い。略称は文革(ぶんかく)。
政治・社会・思想・文化の全般にわたる改革運動のはずであったが、実際にはほとんどの中華人民共和国の人民を巻き込んだ粛清運動として展開され、結果的に一時的な内戦へと発展、国内の主要な文化が破壊される惨事となった。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%A4%A7%E9%9D%A9%E5%91%BD

 ネット社会では個人情報は簡単に手に入る。そして、違法に個人情報を盗み出した者の追求は行われない。単に警察に通報し、摘発するかどうか監視すればよいものを、集団でののしり、煽り、そのように行動させる。その結果、商売や公共、医療等が破壊されるのだ。

 『敵であればどうでもいい』『医療や公共なんて関係ない』

 そういう行動は、最終的に、気に入らない者への犯罪でっち上げにまでつながる。もしそれを辞めなければ、自分が何かミスを起こしたとき、すべてが奪われてしまうことを覚悟しておいた方がいい。また、正義を語るなら、違法に収集した情報を開示させた時点で、自らも自首し逮捕されるべきである。

 きれい事か?否、ブログ炎上をさせている者は、少なくとも建前上きれい事をしようと動いているのではないか?なら、法やマナーを守ろう。

 情報を簡単に入手できる時代、それをあえて違法に使わない、それが本当の正しい道であろう、と私は思う。

 違法な発言は、どんなときも脅迫等なら「言わされた」、自主的なら「紛れもなく犯罪」である。それだけははっきり述べておきたい。
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2009年10月31日

よい婚活・結婚生活を期待する

 朝日新聞が10月30日付の記事『オーサー・ビジット2009』に瀬戸内寂聴さんの講演が書かれてあった。その中に「恋」と「愛」が書かれてあるので紹介したい。

 彼女は仏教である。ただし、違う解釈の考え方も当然あることは否定しない。

 記事から解釈するに

「恋」・・・仏教での「渇愛」。愛するだけでは足りず、愛されることを求める。恋は永遠ではない。2年くらいでは。
「愛」・・・仏教での「慈悲」。見返りを求めない。

 このように解釈すると、最近の結婚→離婚騒動は、実は「恋」のみの状況から結婚に踏み切り、そして相手に飽きて離婚した・・・ということなのだろう。

 しかし、昔の人に「結婚生活」の話を聞くと、「打算」「寛容」と言う話も聞く。また、「ギブアンドテイク」(与え受け取る)という話もある。
 つまりは、結婚には、「恋」「愛」「打算」「寛容」「ギブアンドテイク」が複雑に絡み合ったもの、といえるのだろう。このバランスがうまくいけば、結婚はうまくいくのではないだろうか。

 無論、それをすべて計算して行っている人間なんて、なかなかいないはずだ。自然の調和の中で、自然にそれを感じている、といえるだろう。

 で、「結婚」を「紙切れ」というか「本当の結婚」とするかは、その人々の判断によるのである。つまり、こころの中に、線引きするかどうかである。ただ、最近は、多くの人にとって、線引きするのが耐えられない時代なのかもしれない。また、経済的な事情もあるだろう。過去の風習にこだわらず突っ走りたかった人もいるはずだ。
 「事実婚」というのは、そういう人たちの「国」ではない2人の線引きだった、と私は今考えている。

 しかし、その「事実婚」をした人も、国に反発しながら、国を好きだったと私は思う。それが、反発する日の丸への一礼だったのだ。と、私は思うのだ。

 しかし、今、そういう線引きを忘れている人もいる気がする。しかし、どんな思想でも忘れてならないのは、「自分」という線引きである。「自分」が行った行動、それがどのような状況であったか、それはその場で認識しておこう。それだけは絶対である。そうしなければ、いつかは溶けて無くなってしまうだろう。何かを演じるにしろ、本気で生きるにしろ、風をうけてその風を感じ、転んで痛いと感じる。それが「自分」なのだ!ただ、痛みをどうするか。受けた風をどうするか。それは瞬時か、ゆっくり考えた上でなのか、その行動によるのである。

 ただ、私は、どんなときであっても、好きな人は大切にしたい。好きな人にたとえ裏切られたとしても、である。衝動で怒り、衝動でいじめていたとしても、なるべく人は裏切らないようにしたい。残念ながら、ポリシーを持てばそれは生きにくいのだが。

 あと、今の時代、自分以外にどこに線引きを引くか?と言う問題は残るはずだ。

 例えば、それを「国家」もしくは「国土」にするのか、という国境で線を引けるかどうか?というのが、おそらく、日本国民かどうかの線引きとなるであろう。

 昔の左翼は、国家政策はいやでも、国土は愛していた、人は愛していた、と私は思う。今はどうなんだろうか?

 左翼が叩かれ、右翼が叩かれ、最後に残ったのは、おそらく、考え方に右往左往する人のみではないだろうか。

 それどころか、全体的なある考えに追随ずる、全般的な集団化のみが残ってしまう気がしてならない。

 しかし、そうでなければ生活ができない、という話になってくるのかもしれない。

 近未来、個人が、それに所属するグループ、集団に右往左往しながら、生活するようになるだろう。

 問題は、突然それらの集団から切り離されたときである。

 憲法は個人の権利の尊重をうたっているが、おそらくは非現実的となるだろう。その際に、権利をどうやって保持するのか?

 セーフティネットは、現政権になってからあまり聴かれなくなった。それに変わる言葉は「友愛」であるが、これは、ある意味孤独に生きる市民にとって、その生き方は不可能である。

 特に危険なのは、孤独な市民である。

 しかし、社会には冷静に見守る人がどのようなときも必要である。ただし、それは、何も日本人である必要はないかもしれない。
 
 また、その人が発する言葉が、実は社会を明るくすることもあるかもしれない。逆に暗くすることもあるかもしれない。

 ただ、やはり、不況下においては、一番先に切り捨てられるのは、そういった個人である。

 1億2千万人の市民が住む日本で、これからも多くの恋愛があるだろう。それが、環境によるものであったとしても。

 それが急にくるものか、じわじわとくるものか、それは不明である。が、いずれにしても、そのチャンスを大切にしてほしい。

 もしかしたら、目の前の相手は打算かもしれない。しかし、たとえだまされていたとしても、その時幸せを少し感じていたとしたら、それはいいではないか。

 ただし、借金したり、すべてを貢ぐほどの愚かさはお勧めしないが。

 ひょっとすると、結婚はある意味詐欺かもしれない。

 しかし、何はともあれ、死ぬまで幸せな魔法(プログラム?)にかかっていて欲しいものである。

 ともかく、皆さん、良い婚活・結婚生活を!
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2009年10月29日

自給率をあげるために黒木メイサに国産とうもろこしを!

 今回、タイトルを少し過激にしてみたが、内容はいつも通りなのでご心配なくまじめに書きたいと思う。

 以前、女優の黒木メイサが、プロゴルファーの石川遼と共に食料自給率の向上のCMに出ていたのを思い出した。

 ところが、あるテレビ番組で(おそらく、サンデープロジェクトだったと記憶しているが)、現在の食糧自給率はカロリーベースで算出されているため、金額ベースで算出させるべきだ!という主張がなされていた。

 そこで説明がなされていたのは、「畜産物の飼料が外国産の場合、食糧自給率がカウントされない」というものである。

http://www.e-shokuiku.com/jyukyu/13_1.html
上記と同様の説明についてリンク『(財)食生活情報サービスセンター HP 食料自給率とは何ですか。』に掲載されている。

 また、諸外国では算出は金額ベースであり、日本はそれをわざわざカロリーベースに変えている、という指摘であった。

 金額ベースであれば、さらに自給率は向上するという。
 (日本の自給率は66%ということらしい)

 ひょっとしたら、以前資料集めをして、どこかで書いた気がするのだが・・・。それはともかくとして、現在の食料自給率向上キャンペーンのHP『FOOD ACTION NIPPON』(FOOD ACTION NIPPON 推進本部事務局により運営)にはさまざまなスローガンが掲載されている
http://syokuryo.jp/index.html

おそらく、そこでもっとも強調されるべきは、

国産飼料を使った家畜の飼育』

ではないだろうか?
あとは、どうコストを抑えるか、もしくは、うまさを強調して価格を上げるか、であると思う。

そこで、一つ提案したいことがある。

『黒木メイサに国産とうもろこしをほおばらせよう!』

やはり、CMというのは、一番強調したい部分を放映すべきなのだ。
であれば、こういうCMのほうがインパクトがある。

どっちかというと、ホルスタインのかっこうをした同じ事務所の内山理名の方がいいのだろうか?それとも、ほかに誰がいるだろうか?

そこから先は、皆さんのご想像にお任せしたい。

さて、少し脱線してしまったが、なぜ、金額ベースという話が出たのか、ということを少し考えたい。

やはり、国産の食べ物の方が高いからではないかと思う。

多くの人は輸入品を食べる。その多くは世界の工場中国からである。
円高になればなるほど、その食料の価格は下がる。ただ、無論、近隣の国産の食べ物もそれなりに下がってはいるのだが。

お仕事があれば、別にそういう事態に気にもとめる必要はない。しかし、お仕事がない場合、普通に仕事をやってお金が稼げない場合、やはりこの状態は問題がある。

農業振興!と言いたくなるのはそういう理由だ。

そのことによって、多くの人々から「ウヨク・サヨク」よばわりされるのは仕方がないことかもしれない。たとえば、芸能人でもやはり稼いでいる人は、こういう議論はきらいなはずである。

しかし、私は、最近、東京を見学して500円程度の定食屋や、野菜の価格が地方とそんなに変わらないのを目の当たりにしてきた。ある女医曰く、若い芸能人が精神薬を飲んでいたり不安定になる話をきいて、少し半信半疑であった。仕事場なんて若い子なら多くあるじゃないか、と思っていたからである。しかし、実際には、その理由がなんとなく漠然とわかってきた。

まあ、地方でも状況はだんだんと似てきつつある。

これを改善するためには、やはり、食料生産を自分で行わせるしか方法がない。私はそう思う。
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2009年10月20日

『羽田ハブ空港化“着陸困難” 利便性なら韓国・仁川空港が上』の記事で考察する利便性の問題

やはり交通の要所には利便性はつきものである。

『羽田ハブ空港化“着陸困難” 利便性なら韓国・仁川空港が上』(2009年10月19日17時00分 / 提供:ZAKZAK(夕刊フジ))というニュースに気になったニュースがある。
http://news.livedoor.com/article/detail/4403455/

『仁川空港を頻繁に使う貿易商も「仁川はソウルまでバスで1時間もかかるので厄介だが、設備的には充実している」という。「空港地下の韓国料理店は、5000ウォン(約390円)もあれば満腹になる。あちこちにコンビニがあり、サウナで時間調整もできる。空港鉄道で2つ目の雲西駅には5000円以下の快適な宿も多数ある。宿にはパソコンやネット、大型液晶テレビが標準装備です」』

 当然と言えば当然という指摘である。

 ただ、よく考えてみると、仁川国際空港って、ほぼ国際専用空港ではないのか?という疑問がある。現在、国内線専用の金浦空港(以前は国際線も運行)に比べ、仁川国際空港での国内線への乗り継ぎは数本程度のみとなっているそうだ。無論、国内線へは金浦空港経由ソウル行きのバスに乗ればよいわけであるのだが・・・。

 国際線と国内線をあまりにもごちゃごちゃにすれば、セキュリティ面、特に麻薬等の水際作戦などで支障が出るのではないか?

 ただし、成田空港は夜間禁止状態が続いている。この時間帯を羽田空港の国際空港としての時間帯にすれば、案外スムーズに行くのかもしれない。また、周辺に安宿や休憩所・軽食などを配置すればよいだろう。

 もっと大胆な案を提示するとすれば、成田空港と羽田空港の内容を逆にするということも検討すべきかもしれない。そう提案されないためには、森田知事が空港周辺の緑地化を進め、騒音軽減や住民の納得を得た上で、段階的に夜間禁止処置をゆっくりと解除していく必要があるだろう。折しもその周辺の住民の人々は、満州を追われて移り住んだという過去の歴史がある。農地をとられるのは感情的な理由も大きかったはずだ。しかし、知事が羽田の一方的なハブ空港化に反対するならば、成田も同様にするならば、真の住民の理解を得た上で移住などを行う必要があるだろう。もしそれが出来れば、歴史的な流れとなるはずだが、はたして住民に受け入れられるのだろうか?ただ、緑地化を進めることは、国のCO2削減目標を達成する目標にもかなう部分もあるかもしれない。

 ところで、一つ、韓国のニュースで興味を持ったものがある。それは、上記記事中の『空港地下の韓国料理店は、5000ウォン(約390円)もあれば満腹』という記事である。

 実は、東亜日報の記事(オピニオン)に『[オピニオン]5000ウォンの昼食 』という記事が掲載されている。(OCTOBER 16, 2009 08:22)
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=100000&biid=2009101639958

『会社員にとって、昼食は余裕と会話を楽しむ機会だが、時にはメニューの選択や料金で悩む。ソウルの都心や江南(カンナム)では、5000ウォン以下の昼食メニューを見つけることは、容易ではない。賃貸料が高いソウル都心の飲食店で、5000ウォン以下の料理は、使う食材が国産よりも中国産だったり、おかずを再利用する業者の可能性がある。社員福利で、運営する社員食堂でなければ、少なくとも6000ウォンは基本だ。このため、公共機関や別の会社の社員食堂を利用する会社員も少なくない。』

というのだ。韓国人も食事は社員食堂でなければ(韓)国産で500円程度が基本と語っている。

 ところが、中央日報では『【NOW!ソウル】2,500ウォンの幸せ。』という記事も掲載されている。(2008.11.27 15:42:58)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=107917&servcode=800§code=850

『コンビニGS25の発表によると、昨年最も売れた1,000ウォンのキムパッ(海苔巻き)が、700ウォンのオニギリに1位の座を奪われました。価格差の300ウォンは決して高額ではありませんが、「ちりも積もれば山となる」はず。』
『セブンイレブンから出ている、韓国では珍しいコンビニ弁当も低価格が功を奏し、8〜10月の売り上げは昨年に比べ76.6%も増加しました。 』
『 2,500ウォンのプルコギ弁当、チェユッポックム(豚肉の辛炒め)弁当。そして最近の人気に伴い、3,000ウォンの日替わり弁当が仲間入り。気になるチェユッポックム弁当の中身は、メインの炒め物、玉子焼き、大根ナムル、ズッキーニのジョン(チヂミ)など。 』
『ファーストフードの代表格・マクドナルドでは、ランチタイム(11時〜14時)の割引価格を設定。ハンバーガー、ドリンク、フライドポテトのセットを、お昼どきは3,000〜3,900ウォンとお手頃価格で食べることができます。
懐が寂しい会社員のために、ランチの低価格競争はますます熾烈になりそうです。』

 となっている。

 新聞の読者層にもよるのだろうが、韓国では庶民が2500〜4000ウオン、多少給料が高いと5000〜6000ウオンの食事が食べられるようだ。
 つまり、国際線乗り継ぎのターミナルでは、利用率を高めるには500円程度の食事が基本となるのではないか。
 また、その周辺に5000円程度の安宿を配置することも必要となるだろう。

 つまり、ハブ空港化の道は、単に空港を国際線乗り継ぎにすればよいというものではない、ということだ。

 また、羽田成田間の交通手段だけを快適にすれば多少問題は解決するのではないか、という思いも私にはある。京成鉄道は成田羽田間を105分で走るそうだが、これを、1時間おきに成田−品川−羽田の3駅のみ停車のノンストップにしてはどうなのだろうか?

 夜間のみ国際線発着の羽田空港ハブ化、成田羽田間の交通改善、羽田周辺の整備、後は、空港利用料の改善で当面はしのぎ、状況を見定めてから大規模なハブ化に着手するのがよい、と私は考えるがいかがだろう。

 ただし、このような交通の改善は、なにもハブ空港の問題だけではない新幹線駅と在来線。高速バスと地元のバス乗り場。フェリー乗り場と他の交通機関。それぞれのハブの部分をもう一度点検し、それぞれのハブに応じた対策を練っていくことをおすすめしたい。
 
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2009年10月19日

これからは企業が保育所から大学まで持つべき時代

 今回、少し書き方を変えてみます。
 今、国の税収は40兆円を割ろうとしているようです。しかし、これはどんなにがんばってもこの不況下増えるわけではありません。そこで、税金の負担を減らし、明るい未来を作るためにある提案を行いたいと思います。

拝啓グローバル企業様
また、それを目指す企業様

保育所から大学までを企業で運営してみませんか?

いつもお世話になっております。
昨今、日本の現実を語る上で、グローバル企業が何らかの形で関わる時代となりました。日本の企業であるソニーも東芝も、そしてスーパーイオンもグローバル企業です。そこで多くの雇用が創出され皆が生活を送っております。
さて、現在、国の税収は40兆円を切ろうとしており、その借財はふくらむ一方です。国民は雇用不安などにより生活が脅かされる日々となりました。保育園も不足し、子どもたちの貧困調査がなされるまでに、子どもの貧困に対する不安も増大しつつあります。

そこで、一つご提案があります。

『保育所から大学までを企業で運営してみませんか?』

ということです。

私たちは今まで国が人材を育てることを基本として考えてきました。しかし、現実はどうでしょうか?その学校を卒業しても就職はままならない現実となっています。また、社会に即した子どもを育てるためには、文科省の教育プログラムとは別に、企業独自のプログラムを教えることも必要なのかもしれません。

過去にも、企業が全面出資してつくった高校や大学はありますが、保育園から大学まで企業が100%出資して作った学校はなかったと考えます。また、従来から私立の学校はありましたが、これは単一の企業が出資した訳ではないと思います。

私個人は、地域に即した教育を否定しているわけではありません。それはそれで大切であり、また公教育において、公平に子どもたちを育てることは大切なことです。

しかしながら、特に貧困層の子どもたちが高度な学力を身につける機会はなかなか恵まれないのも実情であります。そこで、企業が学校を運営し、選考基準において公正な選考を行っていただくことで、そのチャンスを拡大させ、子どもたちが将来大きなチャンスをつかめるよう願ってやみません。

なお、企業が学校を抱え込むと共産主義のように感じる人もいるかもしれませんが、現実はそうではなく、企業が必要とする人材を育てる目的でであればある程度は許されるのではないでしょうか?

例えば、芸能人の場合でも、子どもたちは訓練所に親が学ばせて出世させようと努力します。それが現実です。また、コンピュータのプログラミングも、また、芸の道でも小さな頃から訓練させるのがよいとされています。しかも、何より税収が少なくなってきているのです。

文科省を含む国、地方自治体、地域とコミュニケーションを図りながら教育分野に進出してはどうでしょうか?よろしくご検討ください。

※無論、従来通り例えば公立高校に支援を行う方法などもあると思いますし、そういう方法での支援も私は賛成です。
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2009年10月18日

ニュース論(新聞とネット)

 都内の電車を見てみると、ITだクラウドだといってみても、まだ本を読んでいたり新聞を読んでいたりする人が多い。
無論、携帯をいじってニュースを読んでいる人もいる。

 ただし、やはり近い将来IT化は進んでくるわけである。

 本も電子ペーパーみたいなものや携帯で読む時代になるだろう。

 新聞はどうか。新聞は読まれなくなるのでは?いやそれは違うと思っている。
 ただ、形態が変わってくるだけなのだ。IT化へと。紙から媒体が変わるのである。

 無論、紙で読み続ける人もいるはずだ。で、本来新聞紙は1家に1紙が基本となる。(ただし、やはりネットの普及でそれは減ってくるのだが)

 いままでもこれからも新聞は情報のひとつの塊である。そういうふうな見せ方をIT化でする必要が必ずあるはずだ。(雑誌もそうだ)

 逆に、ネットニュースは、分野別のニュースをリアルタイムで報じる感じになる。その中には、コラムやオピニオンなどで記者たちが取材や調査で集めた内容をまとめたものを掲載するものもある。
ただ、ニュースと違って、オピニオンというものは、与えられたものを単に報じればそれでいいわけではない。縦、横、斜め、様々な角度からすべて見回して調べ上げた上で、自分の判断により記事をまとめ上げなくてはならないのだ。

 そういう意味で、0度の視点(=360度全方向の視点)が必要なのである。

 無論、様々な角度からの視点を報じるのもよいだろうが、それは見方の問題であって、本来は360度見回した上で「こう思う」とするのが正しいだろう。無論、決められた字数や時間内ですべてを語るのは無理があるのだから、その分視野は狭くなるのだろう。でも、それを行うのが本来の報道のひとつのやり方といえるだろう。

 私はそう思う。
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景気と感覚から見る850円の捉え方

イザによると、鳩山由紀夫氏が850円のつり銭を忘れたことが、買収容疑とされている。

『鳩山氏がメンチカツ釣り銭で買収?2009/08/24 23:10』
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/293606/

850円というと、景気がよかったころのサラリーマンであればタクシーなら「釣りはいらないよ」で済まされていた話だ。

しかし、いまや、850円という金額はおいしい日高屋のラーメンが2食分(1食390円であるため)は食べられる金額である。
スーパーで言えば、弁当が2食分である。(なぜ、おいしいというかは、私が実際に食べてそう思うからであるが。)

※なお、日高屋にせよ、ほかの店舗にせよ、東京外食で腹一杯1食食べようと思えばだいたい550円から700円程度はすると考えておくといいだろう。

しかも、派遣切りにあって、ネットカフェで飢えをしのぐ場合、その弁当が1日の食事になるのである。

つまり、今のこの国にとって850円という金額は、人によっては簡単に買収される金額なのである。

それほど今、日本は厳しい時代を歩いているというのがこのニュースではないか、私はそう思う。
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2009年10月04日

『平成17年度、日本の失業率は約400万人であった』から導き出す解決法の一つ(論)

 最近、インターネットでよく悲鳴を聞く。

 「中国からODAを早期返還してもらってはどうですか」的な内容である。

 これは私は日本に住む人の悲鳴に聞こえる。
 おそらくはネットカフェからだろう。

 先日、ブログにて『平成17年度、日本の失業率は約400万人であった』という意見を書いた。さらに休職者が約100万人とも。つまり、働けない人は約500万人となる。

http://jikuu2005iken.seesaa.net/article/128688088.html
『美しさとは何か?』

 平成17年度の平均は完全失業率4.3%であり、現在の完全失業率が(8月の完全失業率(季節調整値))は5.5%であるから、1.2%上昇しているわけで、そうなると働けない人は約640万人という計算になる。

(参考)
http://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/back_01/d-news/2006/0428.html
総務省
http://www.nikkei.co.jp/keiki/shitugy/
日経ネット『8月の失業率、7カ月ぶり低下 求人倍率は0.42倍』

 ところが、この統計は、働きたくてもあきらめている人の数を含んでおらず、また、中小企業自体も無理して雇用を維持していたり、中には詐欺まがいの商法で稼いでいる人も含んではいないはずだ。
 民主党はマニフェストでなんとか向上させようとするだろうが、おそらくは厳しい戦いとなる。なぜなら、ネット通販や社会のグローバル化に対応しなければならないからだ。前からずっと語っていたことだが、人々の商品購買力を向上させるためには、個性化や生存権の保証、労働法の精神の尊重などの人権の尊重が不可欠である。そうでなければ、お金を出したくても出せないはずだ。

 しかも1000万人の外国人の受け入れを以前議員たちの中に話す人がいるわけである。
 無論、これは単なるパフォーマンスなのか?と思いきや、たぶんそうではない気もする。

 その理由としては、

・嫁不足の解消
・介護、医療不足の解消
・高技術者、ビジネスマンの受け入れ

である。つまりは、日本在住の人よりガッツがあるか、知識が豊富でお金を稼いでくれる人、優しい人を受け入れる・・・みたいな発想ではないだろうか?

 みなさん、こころに手を当てて考えてみてほしいのだ。

 別にこの論が嫌いで、バイクで追いかけ回す・・・なんてされても、こういう発想が政策を作った側から消えることはないのではないか?と思うのだがいかがだろうか?

 とはいえ、私はネット右翼になるつもりもないのだけれど。

 で、ここから先が重要で、そうしたら、その生存権(つまり、1000万人の外国人+約640万人の日本に住む人)をどう確保するかをすこし考えてみた。

 すると、行き着いた先は

 ・・・2009年10月4日6時修正

 結局、行き着かなかった。

 実は、今回初めてなのだが、打ちながら考えたためか、大失態を演じてしまった。

 結論から先に言えば、この国の回復は容易ではない、ということになる。
 なんかいいアイデアは・・・と考えすぎた先の暴走劇だった。

(1640万人救うのにODAの一部の1500億円では年1万円である。定額給付金よりたちが悪い)

 こんなこと初めてなのだが・・・。何かの緊張で暴走してしまったようだ。おはずかしい。

 対策としてはどうするのか。ずっと述べてきた先で当たり前に提示できるのは、やはり農業への構造転換と元気な市民の維持である。あとは、ODA予算を削減しての十分な外国人育成・活用による波及効果の期待であろう。その考え方に間違いはない。

 あとは、配給制の実施である。農家を新規に増やしても、何年間は自分で税金をうまく払えなかったりするはずだ。また、新規の農業開拓が市場に影響を及ぼすことも考えられる。その場合、農作物で税を納めさせ、それを学校の給食や刑務所の維持、高齢者への給食サービスへの提供に使うのである。

 農作物で納める場合は、市場価格の8割〜6割程度がいいだろう。農作物の生産調整的な意味もある。なるべく生産余剰品や米を集め、給食センターへ運ぶことを考えるといいかもしれない。その場合、何を税金として納めるのか農家ときちんと協議しておく必要があるのだが。

 実は、このアイデア、人に話していて教えてもらったものを改訂したものだ。世の中話すことは大切なことだ。お年寄りでもゆっくり話し合うことが必要である。

 しかし、今回は暴発した。今度は冷静にもう少し煮詰めて書くことにしよう。(でも、少ない読者を又減らしてしまったかも)
posted by 治空仙人 at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする